<報告とお礼>

 

タウンミーティング不正国賠訴訟控訴審での逆転勝訴判決について
                        

   タウンミーティング訴訟原告団

   タウンミーティング訴訟を支える会
 

 
9月17日、大阪高裁は、タウンミーティング(TM)不正国賠訴訟の控訴審で、国・京都市の違法性を認め、一審判決を覆す原告逆転勝訴判決を言い渡しました。

国・京都市が、不正抽選で原告ら3名の参加を阻止したことは、「公務員の廉潔性に対する信頼を害し」、「公務員の職務義務に反する」もので、「国賠法上の違法性がある」として、国・京都市が連帯して原告ら3名に合計15万円の損害賠償金を支払うよう命じたのです。

国賠訴訟で、裁判所が国等に損害賠償を命じることはきわめて稀なことですから、この判決は画期的なものといえるでしょう。

 提訴以来2年8ケ月。やっとTM不正の違法性を認めさせ、賠償命令を勝ち取ることができたことに、心からほっとしているところです。
 これまで、
TM訴訟に熱いご支援をいただいた全国の皆さんに、心からお礼申し上げます。

本当にありがとうございました。  

 

以下、高裁判決の内容と、今後の私たちの方針について報告させていただきます。 



1 TM不正とは何だったか?
 小泉内閣が始めたTM は、「内閣の重要課題について広く国民から意見を聞き、内閣と国民との対話を促進すること」が目的と言われていました。全国で174回開催されましたが、京都でも、2005年11月、小坂文部科学大臣や河合隼雄文化庁長官らによる「タウンミーティング・イン・京都」(TMイン京都)が開かれたのです。

蒔田、朴、松田、松本らは、このTM イン京都に参加を申込んだのですが、いずれも「落選」とされ、参加することはできませんでした。1年後、それがなんと、「不正抽選」によるものだと分かったのです。

2006年秋、教育基本法「改正」の国会審議の中で、当時の教育改革TM 等が、「やらせ質問」や、公金のバラマキ等によって、民意を偽装し、国民世論を誘導するものであったことが大きな問題になりました。追い込まれた政府は、全てのTM について再調査せざるを得なくなり、その中で、TM イン京都の不正も明らかになったのです。

このTM イン京都で、京都市は、蒔田と朴の参加を阻止するために、2人に関するとんでもない虚偽の情報を国に伝え、2人を落選させるよう要請しました。それを受けた内閣府は、2人の応募番号の下1けたを落選番号とする「不正抽選」を行いました。松田は、応募番号の下1桁の数字が蒔田と同じだったため、やはり「落選」とされました。松本も、たまたま国の担当者の「頭に浮かんだ数字」ということで落選とされたのですが、これでは「抽選」とは言えません。
 この
TMイン京都の不正については、政府の調査報告書でも、「不正の度合いが極めて高く、決して許容できない」と厳しく指摘。国会審議の中でも、内閣府副大臣らが「決して認められない。心からおわびしたい。」と謝罪し、関係者への処分も出されました。各マスコミも、「民意操作に血税浪費」「言論封殺」「民主主義のルールに反する悪質な行為」等と強く批判しました。しかし、国会では、「このような不正の実態を放置したまま強行採決は許されない」という野党議員の追及を無視し、教育基本法の「改正」が強行されてしまったのです。
 参加を阻止された4人は、2007年1月、国と京都市を相手にして国賠訴訟を起こしました。当時、
TMの不正についてはあれだけ大きな問題になったのですが、訴訟という形の争いになったのは、この京都の訴訟だけです。その意味で、この訴訟は、小泉・安倍内閣のTMの問題点を追及し、教育基本法改悪の背景を問う訴訟だったのです。
 

2 権力による「言論封殺」を認めてしまった京都地裁の不当判決
 こうして始まった京都地裁の審理では、抽選の不正だけではなく、驚くような不正の実態が次々に明らかになりました。

京都市は、蒔田、朴の2人の参加を阻止するよう国に要請しただけではありませんでした。そのために、「(蒔田は)市教委の過去のイベントにおいて、---進行の妨害をしたため、警察官を関与させることになった。暴力行為で京都市の職員ともみあった。」「朴は、蒔田の元夫、民団の支団長、民族差別を訴える本に名前が出ていた。」というような全く虚偽のひどい情報を国に伝えていたのです。

さらに、京都市は、応募者名簿に、「当選」「市教委ダミー」などと書き込んで当選者を操作したり、子どもたちに「やらせ質問」までさせていたことも明らかになりました。
 こうして誰もが勝訴を確信していたのですが、京都地裁は、2008年12月8日、「
TM に参加し、意見を述べる権利は、法的保護に値しない。」「2人を落選させたのは、混乱を回避するためであったから、その目的自体は正当」として、原告らの訴えを棄却してしまったのです。「権力の不正にお墨付き」を与えた、「あまりにも粗雑かつ乱暴。このような粗雑な議論が、裁判所によって語られるとは、信じがたい。」(憲法学者・浦部法穂さん)と言われるような判決でした。

 

 

3 ルール逸脱に反省を促した高裁判決---京都新聞は社説で、国・京都市を批判

今回の高裁判決は、「(被控訴人らの行為は)公務の執行に対する信用を傷つける不適切なもの」としたうえで、次のように判断しました。(以下、判決文どおりの引用です。)

「控訴人蒔田、朴、松田は、無作為の公正な抽選が実際に行われるとの信頼を抱き、抽選により一定の確率で当選することを期待してTMイン京都の参加申込をしたのに対し、他方で、作為的な選別が行なわれた結果(なお、本件において、抽選によらずに控訴人らを参加させないとすることを正当化すべき事情は認められないことは既に述べた。)、その期待と信頼が裏切られたことを十分に認定することができる

   ところで、公務員が職務を行なうに当たり廉潔性を求められることは当然である。---条理上(国家公務員法99条及び地方公務員法33条)、本件において、抽選がされるものとして応募した者のその信頼は、法的な保護に値するといい得る。」

「抽選を行うとしながら何の説明もなく、蒔田及び朴を、TMイン京都に意図的に参加させなかったことについて、正当な理由(会場が混乱するとの具体的な危険性)は認められない。また、ことさら真実でない事実(「抽選の結果落選した。」)を申し向けてまで両名及び松田を不参加とした必要性、相当性も認め難い。これらのことは、公務員の廉潔性に対する信頼を害するものであることは明らかである。このように、TM室が、松浦(注:京都市の担当者)と意思を通じて、無作為の抽選を行わず本件抽選により蒔田、朴、松田を落選させた上で、公正な抽選を経たように装って落選した旨通知したことは、---条理上、公務員の職務義務に反するもので、国賠法上の違法性があると認められる。」

「蒔田、朴、松田らは、---被控訴人らの上記各行為により、---相当程度のショック、不快感を感じたものと認められる。この精神的苦痛は、社会通念上許される限度を超えるものと認められる」

 

こうして、「蒔田・朴、松田らに対して、国・京都市は連帯してその精神的苦痛を賠償する義務を負うというべきである」として、各5万円(合計15万円)の損害賠償命令を出したのです。 (松本については「棄却」)

(なお、判決主文では、計15万円の損害賠償金について、「仮に執行することができる。」と認め、「被控訴人国の仮執行免脱宣言の申立ては理由がないから却下する。」とされています。)

9月18日の京都新聞と朝日新聞は、この判決を1面で大きく報道。朝日新聞には憲法学者・奥平康弘さんの次のようなコメントが寄せられていました。

「もっともな判決で、なぜ、一審・京都地裁で今回のような法的見解がとられなかった のか不思議だ。市民の意見を聞きたいと言っていながら、国と京都市が手続きを無視して恣意的に市民を参加させなかったのは、どう考えてもフェアではない。市民が『官』を相手どった裁判では、国や地方自治体の言い分を大きく認める傾向もあった。そんな司法にも反省を迫るものではないか。」 

さらに翌19日の京都新聞は、「TM逆転判決 ルール逸脱に反省促す」と題した社説で、次のように国と京都市を強く批判しました。

「妥当な判決」/「公平であるべき住民参加の機会を奪い、民主主義のルールに反する悪質な行為。国と京都市は控訴審判決を真摯に受け止めるべきだ。」/「好ましくない意見を主張する可能性のある市民を危険視する行為でもある。」/「高裁が不正抽選の違法性を認め、国や市の行為を戒めた意義は大きい。自民党政権当時の問題とはいえ、新政権も肝に銘じてほしい。」


 

4 高裁判決の問題点---「ものすごく嬉しい。でも同じぐらい怒っている」

ただ、この高裁判決は、国・京都市の違法性を認め、損害賠償を命じた画期的なものですが、その内容にはまだまだ多くの問題も残っています。

(1)高裁判決は、「公正な抽選が行われるとの信頼と期待を裏切った」ことが、「公務員の廉潔性に対する信頼を害した」「公務員の職務義務に反した」として、国賠法上の違法性を認定したにとどまり、問題の本質である憲法13条(個人の尊重)、憲法14条(法の下の平等)、憲法19条(思想・信条の自由)、憲法21条(表現の自由)には全く触れていません。(蒔田、朴に関する「プライバシー権について」の部分では、憲法13条違反を認めませんでしたし、思想・信条を理由に参加を阻止したことは憲法19条違反という我々の主張も否定。他の部分でも、憲法19条、憲法21条違反を認めていません。)

   私たちは、特に控訴審では、憲法学者・浦部法穂さんの意見書やアメリカ連邦最高裁の判決文(弁護団がたいへんな努力で邦訳していただいたもの)などを提出し、憲法21条(表現の自由)の問題を正面に掲げて争ってきました。「TMは、誰にも開かれた公開討論の場である『パブリック・フォーラム』であり、特定の人や言論を排除することは、それ自体、憲法21条が保障する表現の自由の侵害である。」という主張です。

この、浦部さんが強調された「パブリック・フォーラム」とは、アメリカ連邦最高裁の判例で確立された法律上の概念で、日本でも、公共施設の利用を制限できるのは「明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見される場合」のみであるとした泉佐野市民会館事件最高裁判例等で、その法理が引用されているものです。

   しかし、この点についても、高裁判決では、「控訴人らのいうパブリックフォーラムの定義は、その主張ないし証拠によっても必ずしも明確ではない。その点はしばらく措くとしても、---TMイン京都への参加ないし意見を述べることが国賠法上保護された法的利益となることが想定されるような場であったとまでは認められない。」と、切り捨ててしまったのです。

   ただ、高裁判決でも、再三にわたって、「会場が混乱するとの具体的な危険性は認められない」と強調しています、これは、やはり浦部さんの「パブリック・フォーラム」論を意識したものであることは確かでしょう。

また、代理人の小野誠之弁護士は、「確かに不十分な判決だ。でも、裁判所も単なる不正抽選だけでは違法と認めなかっただろう。背景に、言論の自由の問題があったからこそ賠償を認めた。違憲判決まで踏み込むと、国や市も上告せざるを得ないから、あえて国賠法の判断にとどめたのかもしれない。」(京都新聞)と指摘されています。

 

(2)しかし、どうしても納得がいかないのは、「プライバシー侵害」を否定した部分です。

前述のように、京都市は、蒔田と朴に関する、全く虚偽のひどい情報を国に流していたのですが、この点について、高裁判決は、「会場が混乱するような事態を避けるためで、その目的は正当」とした一審判決をそのまま踏襲してしまいました。

京都市が流した朴の個人情報(「元夫」「民団の支団長」等)は「真実に反する情報であった。」と認定し、蒔田が「過去のイベントを妨害した」という京都市の主張についても、「事実と相違するか、誇張がある」と認めておきながら(この点については、蒔田の名誉は回復されたことになりますが。)、何故、「目的が正当」と言えるのでしょうか?

特に、朴について前述のような情報を流したことが、何故、「正当」と言えるのか。「会場の混乱を防ぐという目的」のために、「民団の支団長」というような情報を流したことこそ問われているのです。京都市の松浦は、「民族差別を訴える本に名前が出ていたような人物は、TM においても反対活動をする」と国に伝えていたことも明らかになっています。まさに、在日朝鮮人に対する民族的偏見があったことは明らかです。

朴さんは、京都地裁、大阪高裁で、合計3回、法廷に立ち、在日朝鮮人としての彼が何故、TM に出ようとしたのかを訴えました。それが全て無視され、誰の目にも明らかな京都市の民族的偏見についても触れられなかったのです。朴さんの怒りは当然です。


 

 5 そしてこれからのこと---あくまでも、国・京都市の謝罪を求めて
(1)門川京都市長への謝罪要求---判決を真摯に受け止め、原告、市民らに謝罪を!

   この裁判での京都市の対応は、実に見苦しいものでした。

京都市は、「政府調査報告書は、杜撰な調査に基づく不正確なもの。」「仮に原告らに損害があるとしても、その責任を負うべきは国である。」などと、いっさいの責任を国に押しつけ、証人として採用された松浦にも法廷で虚偽の証言をさせてきました。こうした京都市の対応については、京都地裁で、「松浦の証言は、信用し難く、採用できない。」と一蹴されましたが、この箇所は、高裁判決でも再度、指摘されています。(私たちは、松浦を刑法第169条(偽証罪)違反で京都地検に告発しています。高裁でも彼の偽証が再度認定されたことから、京都地検の判断が注目されます。)

また、京都市が、蒔田と朴の2人を落選させるように要請したことも認定され、今回の不正が京都市の主導のもとに行なわれたことも明らかになりました。京都市の責任はきわめて大きいのです。

なお、高裁判決は、損害賠償額については、「国の関係者が処分を受けており、かつ国は謝罪を申し入れている」ことなどを情状酌量しました。しかし、京都市は、今に至っても自らの非を認めず、原告らにいっさい謝罪していませんし、関係者の処分も行なっていません。判決を素直に読めば、裁判所は、京都市も原告への謝罪と関係者の処分を行なうよう求めていることは明らかです。

そして、TM 不正について、当時教育長だった門川市長の責任はとりわけ重大です。

私たちは、9月24日、京都市教育委員長に、門川市長に謝罪するよう申し入れてほしいという要望書を提出。その日、ちょうど開催された教育委員会の会議を傍聴したところ、この要望書が「緊急の追加事項」として報告・討議されました。(再三、教育委員会を傍聴してきましたが、こんなことは初めてのことです。) 

また、24日の夕刻には、10数名で京都市教育委員会に出かけ、門川市長が、自らの責任を認め、原告・市民らに謝罪するようにとの申入れを行いました。応対した市教委春田総務課担当課長らは、「高裁判決は重く受け止めている。現時点ではまだお答えできないが、申入れには文書で回答する。」と答えました。

教育委員会の会議における傍聴者の前での突然の報告、そして春田課長の対応などにも、高裁判決が市教委に与えたショックの大きさが見てとれます。しかし、京都市は、今のところ、謝罪の意思は示していません。

 

(2)最高裁への上告について

この大阪高裁判決に対して、国・京都市がどう対応するかはまだ分かりません。

しかし、最高裁への上告は、高裁判決が、「憲法の解釈に誤りがあること、その他憲法の違反があること」などの場合に限られています。また、原判決が、「判例違反やその他の法令の解釈に関する重要な事項を含む」場合は、「上告受理申立て」ができるとされています。しかし、今回の高裁判決の国・京都市の敗訴部分は、憲法問題ではありませんから、上告はできないはずです。(上告しても、「却下」されるでしょう。)また、「上告受理申立て」をしても、国賠法上の解釈に関する「重要な事項」も特にないはずですから、「不受理」とされる可能性が高いと思われます。

 京都市が上告するためには、地方自治法で、本来なら議会の議決事項とされているのですが、京都市では、金額が50万円以下の場合は、市長の専決事項(議会には事後に「報告」)になっているようです。あの門川市長の専決というのですから、やはり上告する可能性は強いと判断せざるを得ません。

 私たちは、今回は勝訴判決とは言え、その内容には問題点も多いので、上告するかどうか、原告、事務局で再三に渡って話し合いを重ねました。(上告期限が2週間しかない中で、みなさまのご意見をお伺いすることができなかったことをお許しください。)

多くの方々の力で勝ち取られた勝訴判決を大切にするために、上告はしないという意見もありました。しかし、特に蒔田、朴に関するプレイバシー侵害を高裁判決が否定した部分についてはどうしても納得することができませんでした。憲法13条(個人の尊重)、19条(思想・信条の自由)解釈の重大な誤りとして、このまま確定させることに躊躇せざるを得ず、原告の思いを通すかたちで私たちも上告を決定したのです。 

 

裁判の場面は最高裁に移ります。完全な終結までには、もう少し時間がかかりますが、今後ともTM訴訟の行方にご支援いただくようお願いいたします。(2008年9月28日

inserted by FC2 system